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『保田與重郎を知る』

 投稿者:やす  投稿日:2011年10月27日(木)22時46分56秒
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   先日刊行を知って遅まきながらamazonに註文したうっかり者です。帯に「入門の決定版」と謳ってありますが、これまでいろんな評論家によって明らかにされてきた「隠遁詩人の系譜」や「米づくり」など、キーワードを態よくまとめて解説してゐる本ではありませんでした。誰しもなかなかうまく言葉にはできなかった読後感の正体を、易しく語ることは、「ですます」調の語り口とは次元のちがふ話で、そらすことなく得心ゆく説明をするのは決して「易しいこと」ではない――「入門の決定版」なのはその通りですが、初学者のための一冊といふより、核心を突いた一冊、否、私自身が初学者であることを思ひ知らされた一冊でありました。といふのも、このサイトでは嘗て、保田與重郎の文体と「自然」とが、人に及ぼす形而上的な感興を一にする不思議について、訳わからぬまま極めて稚拙な感想を上してゐたからです。

 
出版元の創業精神を思へば、この本が所謂国文学の専門家ではなく、思想家と剣術家、謂はば文武両道をよくする教育家の手で、祖述者の姿勢に貫かれて書かれてゐることに、深い意義を感じたことでした。

「この人くらい、この名が完全に、異様に不似合いなところまで昇りつめた「文芸評論家」はいないでしょう。」4p

「すでにこの少年は、学校の勉強とはかけ離れた本格の教養を身につけてしまっていた。この読書法は、後の文芸評論家、保田與重郎の文学界における孤独というものを約束しているようにも思われます。」16p

(柳宗悦や折口信夫)らの学問は、始めから政府や大学からのお墨付きをもらえる公の方法を注意深く拒むものでした。」22p

「たとえ、そこに暴言に近いものがあったにせよ、何もかもが覚悟の上、というふてぶてしさに文は溢れていました。」26p

「彼の文章は、主語、述語といった統語要素の首尾一貫した構成で成っているのではありません。言葉は言葉を粘りのある糸のように吐きだして、うねるようにその文脈を引き延ばし、変化させてゆきます。このような在り方は、古代日本人が、大陸から文字というものを移植して以来、長い訓練の歴史を通して作り上げていった和文の本質です。保田は、そうした和文の本質を、日本語による近代散文のなかにはっきり生み出そうとしているのでしょう。その文章のどこか捉えどころのない進み具合は、まさにここで保田が描き出そうとしている日本の橋と、またその機能と、たとえようもなく一致しているではありませんか。」36p

(系譜の樹立)それは「樹立」であって、追跡や調査では決してありません。保田の文業がこの「系譜」を「樹立」するとは「系譜」の全体が、彼自身の文体によってまるごと再創造されることを意味し、また「系譜」の尖端にみずからの文業がはっきりと据えられることを意味するのです。」71p

 など、各所で繰り出される言葉が実に気持ちよく胸に落ち、また原発事故やTPP問題の前に刊行された本であるにも拘らず、抄出される文章には、つひ日本の行末を重ねてしまひ、粛然たる思ひを致さずには居られなかったです。

(ガンジーの無抵抗主義は)日本の自由主義者のやうに、戦争は嫌ひだ、自衛権の一切は振るへない、しかし生活は近代生活を続けたいといった、甘い考へ方ではありません。その考へ方は非道徳的であって、決して無抵抗主義ではありません。(昭和25年『絶対平和論』)142p

「我々は百年前、黒艦と大砲の脅迫下で、鎖国を守るべきだと主張した国論の真意を、今日、高く大きい声として、再び世界の人道に呼びかけるべきである。鎖国を主張した日本のその日の立場には一種の惰性的な安逸感を保持しようといふ消極退嬰のものをふくんでゐたかもしれない。今日はしからずして、人道の根拠として世界に叫ばねばならない。この思想を我々は国民の内的生命に於いて確認するからである。(昭和59年『日本史新論』)147p



 さて付属のDVDですが、こちらは大和の風俗と米作りに絞って、思想の紹介に重きが置かれてをり、映像が美しかったです。人となりが窺はれるエピソードを、インタビューや(もしあれば)録音資料など雑へてもっと多く紹介し、人物伝としても充実させることができたら、このままテレビの深夜枠の特番ででも流してもらひたい感じです。実は初めての紹介映像といふことで、私はもっと手前味噌の出来栄えを予想してゐたのですが、帰農した菅原文太が東北人である自らを「まつろはぬ民」として一言くさびを差しつつ自嘲してみせるコメントがあったり、谷崎昭男氏、前田英樹氏のインタビューならびに特典映像での身余堂未カット映像集にはただもう興味津津、見入ってしまったことです。

 ひとこと宣伝まで。

 
 
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