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探珠『玲』

 投稿者:中嶋康博  投稿日:2016年11月26日(土)12時20分0秒
  通報 編集済
  津軽の抒情詩人一戸謙三を顕彰する探珠『玲』といふ無綴のコピー雑誌があります。詩人の令孫、一戸晃様よりお送り頂いてゐるのですが、昨年に続き今年も、

別冊『戦時下の一詩人』
『調査報告 菊池仁康』、 『調査報告 木村助男』
『詩人一戸謙三の便り』その3、その4、その5
『詩人一戸謙三 青春歌』その1、その2


と発行が続き、詩人とその周辺、戦時期や出発期の消息についてが、数多くの資料とともに明らかにされました。
そしてこのたびは製本を施した刊行本『詩人一戸謙三の軌跡』が、物語仕立ての伝記として始まり、第1巻のご恵投に与りました。ここにても御礼を申し上げます。

ボン書店の社運を賭して刊行した『プーシュキン全集』。その訳者の菊池仁康とはどのやうな人物であったか。また、高木恭造と一戸玲太郎(謙三)の名声の陰に隠れているものの、津軽方言詩をあやつる木村助男といふ不遇のうちに夭折した詩人のあったこと。
東海地方に住んでゐる私には、一戸謙三以外のことについてもいつも知らないことばかりを、新出もしくは稀覯の資料とともに紹介してくださる晃氏ですが、いかんせん無綴のコピー紙のあつまりなので散逸が心配です。「資料のデジタル保存」作業も始められたとのことですが、別に在庫ありとのことでお送りいただいた『玲』百号記念号には、これまでの歩みが記されてをりました。
そのなかに『みちのくの詩学』を著した坂口昌明氏の、晃氏への遺言となってしまった「跋文」が認められてをり、ここに引き写します。

五年前に第一号を頂いてから、 ここで百号に達したという。一戸謙三の詩を研究する者にとって、今後よけては通れない最大の資料集成であることは、すでに間違いない。謙三先生直系の孫である一戸晃氏は、一九九七年秋、弘前市藤田記念庭園前の謙三詩碑除幕式で、膨大な草稿・資料が存在するむねを明らかにしていた。結局、自身が直接整理分類し、このような形で編纂するに至った裏には、既往の伝記や研究のたぐいにあき足りない思いが介在していたからではないかと推測される。

一戸謙三とその時代の文学背景は非常な厚みと混沌を内蔵しているのに対し、再検討する後進の素養と心構えが段ちがいに未熟だったのが主な原因である。そこで晃氏はまず自分の眼で、祖父の文学領域に起きたことを正確に知り、それを捉えなおして提示しようと志したのである。

謙三書斎の保管者としてだけでなく、氏の調査は周辺関係者への聞きとり、図書館文献資料の博捜にまで及んだ。その情熱と努力は半端ではない。詩人謙三の出発から生長、変貌までが、そのおかげでつぶさに辿れるようになったのは、もちろん最大の貢献であろう。ふり返って、謙三の詩が一九三二年末に、超現実主義から方言詩へと変っていった、その転換点を如実に示しているのを、私は知り得た。言葉が観念の重圧に硬化し、鬱からの脱山を足もとの現実=土に求めたと読みとれる。謙三には常に進境を求める存外性急な一面があったようで、それが前の作品を抹殺してしまう傾向につながった。したがって、その意味でも探珠「玲」のような、息の長い、地道な跡づけが必要になってくる。
「探珠」という語は、一九一四年にときの陸軍軍医総監森鴎外が、東北・北海道の軍医療施設を視察の途次、史伝「渋江抽斎」取材のため弘前の斎吉旅館に投宿した際、館主の求めに応じて揮毫した書「探珠九淵」から取られている。その軸を旅館の御曹子で謙三の盟友だった斎藤吉彦が東京遊学中も所持していたという由来にもとづく。吉彦は謙三より五歳若かったが、誕生日が同じ二月十日、慶応義塾の同門ということもあり、意気投合する仲になった。そこに「玲」を添えた、晃氏のネーミングの趣向があろう。

記憶に残り、恩恵を受けた記事のなかで印象に鮮明なのは、竹内長雄(たけのうちのぶお)と桜庭スエの「お岩木様一代記」に果した役割であり、また飯詰の方言詩人木村助男の生涯に当てられたスポットライトである。

百号の跋文をと言われたが、それは本来書物のために書かれるものであって、この場合のようなペーパー類に合うかどうかは分らない。視点にまとまりを欠き、叙述が枝葉に入りすぎるケースが散見される。文献の扱いや措辞に、基本的な条件を欠くうらみも、少なからず感じられる。NHKドラマや教養番組の影響なのかもしれないが、人間模様をドラマ仕立てで語らせてつないでゆく手法も、せっかくの実証性を割り引くことにしかなるまい。何を本当に描きたいのか、気が散りすぎていると思う。研究と小説とは違うのである。

情に篤い氏の性格は財産であるものの、それを生かすのも殺すのも、手きびしい文学の眼である。そういう意味では探珠「玲」は、まだレポートの域をこえていない。謙三は祖父としては満足だろうが、詩人としては苦笑するかも知れない。


これまでの晃氏の営為を過不足なくねぎらって、なほ「きびしい文学の目」をもって鞭撻の視線が注がれてゐました。

このたび刊行された『詩人一戸謙三の軌跡』を拝見するに、蓄積・整理した資料をそのまま提示することには、やはり慊い模様の晃氏ですが、なればそれらを駆使し、情に篤い氏の持ち前の語り口を活かした、坂口氏が希望したその上を往くやうな、御祖父の伝記をぜひとも書きあげて頂きたいものと念じてをります。

『詩人一戸謙三の軌跡 1』
平成28年11月3日 著者・編者・発行者 一戸晃 21cm 108p 非売品

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