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杉山美都枝「高原の星二つ 立原道造と沢西健」

 投稿者:中嶋康博  投稿日:2017年 6月26日(月)00時24分24秒
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   先日購入した古本雑誌『ポリタイア』第4号(昭和43年12月1日発行)。特集とは銘打ってゐないものの編集後記には、
「本誌の同人にゆかりの深い師友先達についての心のこもった寄稿を中心に編集した。」
 とあり、『四季』や『コギト』に拠った詩人たちについて論考と回想が並んでゐました。

 なかんづく杉山美都枝(若林つや)氏による立原道造の回想は、『四季』追悼号で有名になった“5月のそよ風をゼリーにして”ほかのエピソードの詳細を、親しく詩人と交はった著者にしてさらに細かく、複雑な心情を交へて吐露してゐて、そのためか以後の「特集誌」で再録の機会もなかったやうに思はれるので、報知かたがたここに紹介したいと思ひました。

杉山美都枝(若林つや)「高原の星二つ 立原道造と沢西健」92-100p

 文中「誰かの出版記念会」とは『詩集西康省』の出版記念会のことであり、「『四季の人々』という誰かの書いたもの」も、立原道造入院中の「ベッドのわきの弥勒菩薩の思惟像の写真」も田中克己からのものなのですが、この文章が書かれた当時、『ポリタイア』の創刊同人である芳賀檀と田中克己とはすでに折合が悪かったらしく、名前が伏せられてしまってゐます。
 逆に芳賀檀については、立原道造の親炙する様子が、油屋での“首吊りびと”のエピソードなどとともに面白く活写されてをり、ことほど左様にいろいろな忖度がなされた上で当時の思ひ出が書かれてゐるやうです。
 立原道造詩集の刊行を、没後最初に堀辰雄に相談したのは出版社「ぐろりあそさえて」に勤めてゐたこの杉山氏であったといふことですが、その場で“きっぱり”反対されたことも書かれてゐます。
 「新ぐろりあ叢書」で展開された、日本浪曼派を象徴するやうな棟方志功による装釘が、堀辰雄や立原道造の「このみ」に合はなかったのは確かでしょう。しかし思想的に峻拒したからと考へるのは、戦後リベラル派らしい付会にすぎるのではないでしょうか。
 一番弟子であった立原道造が自分と決別して傾倒していった先に待ってゐたのは若きカリスマ文芸評論家、保田與重郎でした。ぐろりあそさえて顧問だった彼の用向きを社員として彼女が携へてやってきたとなれば、さうしてその内容が自分の影響下で育った愛弟子の詩業集成を、商業出版にしてまるごともってゆくといふことであってみれば、反対するのは無理からぬ気がいたします。
 彼は結局、山本書店版『立原道造全集』3巻本の刊行に、用紙の手配から腐心するとともに、逆に弟子によって理由付けされた自分の詩集を出版することまで行って、立原道造と共に創り上げた四季派の抒情世界を戦時下の世相から激しく守らうと尽力します。
 『四季』と『日本浪曼派』と両方の気圏にもっとも気安いかたちで住んでゐたといへる彼女は、彼らの無防備な日常会話や挙措のうちにも顕れる心の機微を、女性として感じとる機会が多々あったといへるでしょう。堀多恵子夫人をのぞき周りがすべて自分たちより年長の師友であること――室生犀星や中里恒子やの言動に対しても、同様に憚りつつ、羸弱な詩人を慮るやうに草されてゐるこの回想は、『四季』同人のマイナーポエットである沢西健の消息を伝へる貴重な回想とともに、まことに興味深い行間を味はった一文にも思はれたことです。

 この号には他にも、浅野晃による増田晃の紹介、小田嶽夫による蔵原伸二郎の回想、そしてこの年の8月に亡くなってゐる木山捷平については、小山祐士、村上菊一郎、野長瀬正夫3名の追悼文を併載してゐるので、合せて紹介いたします。

浅野晃「増田晃、その『白鳥』」117-122p
小田嶽夫「随想・蔵原伸二郎」122-131p
小山祐士「木山捷平さんのこと」141-145p
村上菊一郎「夏の果て 木山捷平追悼」145-147p
野長瀬正夫「木山捷平と私」148-157p

野長瀬氏の一文は面白い書き出しで始まってゐます。

 昭和二十四年の秋頃のことである。当時私の家には五歳と三歳になる女の子がいた。毎日部屋じゅう人形や玩具やぼろきれをひきちらかして、 ままごと遊びに夢中の年頃であったが、ある日、その二人の子供が、
「ねえ、木山さんごっこをしようよ」
「うん、しよう」
 と隣りの部屋で話し合っているのが、ふと私の耳にはいった。それきり声は途絶えたが、二人は何かもそもそやっている気配である。「木山さんごっこ」とは何だろう。私は軽い好奇心にかられて、そっと覗いてみた。(後略)
 
 
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