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勉強会(送り仮名の付け方)のフォロー

 投稿者:大宮司 弘昌  投稿日:2013年 2月19日(火)20時38分18秒
返信・引用 編集済
  2月16日の勉強会(講師=渡邊麗子)では、「送り仮名」について勉強し、その許容範囲・例外規定にやや戸惑いを感じた。この点について、偶々近所にお住いの増井さん(元岩波書店・広辞苑編集長)にご意見をお伺いしたので、以下に要点を紹介する。

 歴史的にみると、当初送り仮名という概念はなく、すべて漢字であった。これは読みにくいので、訓読みのところに「すてがな」と呼ばれる小さいカナを添えるようになった(平安時代)。その後仮名が定着し漢字仮名交じり文が一般化し、江戸時代には現在のスタイルに近い送り仮名となった。
 戦後になり(昭和22年から26年頃)漢字・仮名遣いなど大変革が行われ、送り仮名も大体今の形になった。送り仮名として正式の内閣告示は昭和34年に出され、数次の改訂を経て現在に至っている。現在のものは、送り仮名として一番長い形になっている。
 送り仮名の基本は「読み間違いがないように付ける」であり、それには基本と許容がある。内閣告示文に示してあるのは許容の例であり、例示がなくても許容されるものは多い。辞書やワープロには、告示の内容・精神にもとずいた語彙ごとの許容が示してある。
それは告示内容に適合しており、逸脱するものではないが、編集者の解釈により多少違いがあるかも知れない。

 以下は私の考察です。

例1 「恥ずかしい」は「恥じる」と語源が同じなので、「ずかしい」と送る。
告示の許容「読み間違えるおそれのない場合は、活用語尾以外の部分について、送り仮名を省くことができる」を適用すれば「恥しい」「恥かしい」もOKとなる。さらに「語幹が「し」で終わる形容詞は、「し」から送る」という例外規定があり、「恥しい」は無理のない許容と感じられる。国語辞典やWord選択肢にもこのような許容が示されている。
例2 「辱める」は「はずかし」が語幹で、「める」が活用語尾で、告示の規定では許容の入り込む余地はないように見える。しかし国語辞典には「辱(し)める」と許容を認め、Wordでも、「辱しめる」を許容している。「辱める」は現在はこれ以上分解できない語彙だが、元は「恥しくさせること」であり、「恥しい」に準じて「しめる」を許容としたのではなかろうか
例3 「至る」は地図などでは「る」を省き、「至」となっているが、これいかに。
告示の前書きの三は、次のようである。
三 この「送り仮名の付け方」は、漢字を記号的に用いたり、表に記入したりする場合や、固有名詞を書き表す場合を対象としていない。
地図の「至」は記号的に用いた場合に相当し、OKということである。
 ついでに話題となった「自――、至―――」の自である。
「自」を辞書で調べると読みは、ジ、シ、みずから、おのずから、であり、から・よりという読みはなく、時間・空間の起点のような意味もない。逆にから・より に相当する漢字も見当たらない。思うにこれは、「みずから」の「みず」の部分を省き、から→自という発想で、当て字ないしは記号として用いるようになたのではなかろうか。記号としての用法としても、思い切った例外的用法のようだ。


 さて学校教育では、許容範囲があると混乱してしまうので、告示の基本ルールによることとし、許容範囲は認めていない。学内試験・入学試験・漢検では許容は不合格となる。外国人の日本語学習においても、以上のことを認識した上で基本の送り仮名で指導すべきであろう。日本語のテキストや新聞等の教材には通常許容の送り仮名は出てこないが、もしあれば、これも許容されているということを簡単に説明すれば良かろう。
 
 

勉強会の反省(2013-2-16)

 投稿者:大宮司 弘昌  投稿日:2013年 2月19日(火)20時27分18秒
返信・引用
  今年度1回目(通算第55回)の勉強会が、2月16日開催された。(出席者9名)
勉強会終了後、今回も含め過去7回の勉強会について、簡単な反省会を行った。
過去7回の勉強会は次のようであった。
2月16日  渡邊麗子  送り仮名
12月15日  今井信夫  終助詞について+(作文添削)
10月13日  市橋 静  知っておきたい日本語のルール
9月15日  土方理恵  日本語に関すること
6月16日  宮部安雄  敬語の使い方(実践編)
4月21日  大宮司弘昌 促音研究
2月18日  並木 健  俳句

 寄せられた意見は次のようであった。
◎講師としては、テーマを与えてもらえるとやり易い。
◎日本語に関連した読書感のようなテーマもよいのではないか。
◎それほど立派でない、つたない題目・講義があってもいい。とにかく勉強会はすばらしい。
◎日本語を教えての体験談もいいテーマでないか。
◎こんなに良いことをしているのに、どうして出席者が少ないのだろう。出ているだけで役に立つ。
◎今回の場所は、不便であった。やはり高幡の福祉支援センターがよい。OPAも時々は良いが、駐車場が不便で部屋代もかかる。
◎出席しない方への勧誘が必要である。出席の必要がないとの認識の方もいるので。
◎参加型の勉強会は、うまくいっているので、続けましょう。
以上
 

漢字の習得

 投稿者:大宮司 弘昌  投稿日:2012年 3月17日(土)22時03分52秒
返信・引用 編集済
   前回の日本語能力試験で、私が土曜クラスで見ているロナルドがN3に合格した。こんな嬉しいことはない。家族を始め色々な知人にまで、アフリカから留学で日本に来た・・・N3という試験に合格したと自分のことのように告げ回った。火曜クラスで彼を教えている住吉さんも同じ思いであろう。非漢字圏から来て日本語学校に行かず、大学の講義は英語で、日本語の学習環境が良いとは言えない状況でよく合格したものだ。優れた頭脳を持ち努力家であることが証明されたわけである。このような条件下でN3に合格したのは、私が知る限り彼が初めてである。
 非漢字圏の人にとって漢字の習得はただごとではない。以前スリランカから来たN君は、1ヶ月かかって曜日が読めなかった。「雨にも負けず」は暗記したほどだから、頭は良いのだと思うが。我々が子供の頃にやった左側に教科書を置き、それを見ながら同じように書くという習慣がないようで、手本を見ても似たように書けない。学習法について文化の違いのようなものを感じた。
 フィリピンやインドネシアから1000人単位で来た看護師で日本の資格に合格するのは2~3%というのは、ひとえに漢字の習得の問題であろう。残念ながら日本では、非漢字圏の人に漢字を習得しやすくするための研究も努力も行われていない。そういう考えもない。国語の関係者も国語を難しくする方には努力しているが、覚えやすくする方には全く関心がない、これでは何時まで経っても日本語は国際語にならない。それで良いとの認識だから、問題は解決しないし、議論にもならない。
 ところで最近漢字習得に有力な助っ人が出現した。創拓社出版から出た「パーツでおぼえる=しょきゅうの漢字」である。このテキストを使えば非漢字圏の人でも漢字がどうにか習得できそうに思える。少なくも従来のテキストよりは良い。皆さんも是非試していただきたい。ホームページの④参考図書に紹介文を載せたのでご覧あれ。
 

ホームページの④参考図書

 投稿者:大宮司 弘昌  投稿日:2012年 3月17日(土)16時17分35秒
返信・引用 編集済
   「図書活用」の勉強会以来約1年半を掛けて取り組んできたホームページの④参考図書(日本語教育の参考書)のページが一応完成した。この間蔵書の整理と新たな購入があり、現在会員が利用可能な図書としてリストアップされているのは58冊余りである。このうち特に重要なもの31冊は写真付きで内容紹介を掲示した。是非活用していただきたい。なお会員の手持ちで、この本は皆さんに紹介したいというのがあったら、追加掲載するので知らせて欲しい。
 ところで何気なくインターネットで日本語テキストブックを検索したら、我がホームページの図書紹介とそっくりの某社のページが現われびっくりした。当方は独自に作ったので、初めは某社が当方のを模倣したかと疑ったが、そうではないらしい。こんなのはだれがやっても、同じようなスタイルに収れんするものらしい。某社に言わせたら、当方こそ模倣だと言うだろう。違いを挙げると当方の写真はグレーの縁取りがある(白い本は縁取りがないと境界が判らない)、内容は当方が詳しく、やや批判的な忌憚の無い記載もある、適用対象の記載が明確であるなど。これらは会員内の閲覧だから可能なことで、一般公開だと関係者からクレームが付く可能性がある。一般公開が前提なら、この点に配慮し、差し障りの無い、悪く言えば毒にも薬にもならないことを書くことになるのだろう。
 余談になるが、先日インターネットを見ていたら、「読んでみたい名作100選」のようなタイトルのページがあった。その各要約が実に見事で、どれも是非全文を読んでみたいという衝動にかられるのであった。図書紹介も色々あるが、あれは特別である。こんな図書紹介が書けたらいいと心底思った。残念ながらそのページは閉じたきり、探しても見当たらず未だ再開できずにいる。
 

2月18日勉強会「俳句」

 投稿者:大宮司 弘昌  投稿日:2012年 2月20日(月)19時16分10秒
返信・引用 編集済
  講師の並木さん、ご苦労さんでした。参加型の勉強会になるか多少懸念していましたが、全くの杞憂でした。
 ただ一句がどうしても出てこないのには参りました。並木さんの「そういう時はだめですよ」の一言には、大いに癒されました。そして家に帰った途端に出来ました。
「省エネか しばれる頭 句も生めず」 だめですかね。季語はあるし、俳句だと思うんですが。いやー、これはサラリーマン川柳に季語を入れたものだ、俳句とは似て非なるものだ情緒も奥深さもないなどと酷評されそうです。でも私にはこういう調子の句しか浮かばないんです。皆さんのような情緒溢れる句は、そもそも私の頭に生み出す元が無いから出て来るはずもないようです。私の個性なので、この年になって治すのは無理だと思っています。
 俳句と言えば60年も前、中学2年の国語の俳句の時間を思い出します。当時から俳句は苦手でしたが、宿題で作った一句「庭の木で 雨蛙鳴く 初夏の雨」が、先生に平凡で全く見どころなしと酷評され、ひどく落ち込んだのでした。そしてクラスで少しとろい、S君の作品「サイレンを 聞いて空襲 思い出す」も季語はないし、何の工夫も面白みもないと酷評されたのでした。そして多くのクラスメートは大人顔負けの、中には家族総がかりで作ったような秀作を披露し、大いに先生の激賞を得たのでした。
 でも世の中不思議ですね。あまた披露された秀作は全く記憶になく、そのクラスメートさえ覚えてないのに、酷評された上記2句だけは、そのS君の顔と共に記憶が鮮明なんですから。それに私の句は今でも故郷を思い出させるし、S君の句は、終戦間もない混乱期を思い出させてくれるのです。
 

当掲示板の利用

 投稿者:大宮司 弘昌メール  投稿日:2009年12月26日(土)19時54分27秒
返信・引用 編集済
   2月に当掲示板を作って以来、ほんの少ししか利用されておらず、残念に思っていた。
利用されないなら、閉鎖しようかとさえ思った。なぜ利用されないのか。
とにかく閉鎖する前に、一度自分で使ってみようと思ったのが、下の記事である。
 書いてみて初めていかに便利か判った。
1.メールより書き易い。
2.あて先に悩む必要がない。
3.訂正が極めて容易。メールは一度送ったら訂正も削除もできないが、掲示板は
何度でも簡単に呼び出し訂正ができ、さらに削除もできる。
 皆さま、自分の意見を述べるのに、こんな便利なものはありません。
 とにかく一度使ってみて下さい。使い方が判らない方は、メールで聞いてください。
(矛盾したこと書きますが、慣れるまでは仕方がない)
 

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