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訃報三たび・上京記

 投稿者:やす  投稿日:2014年 4月19日(土)02時45分13秒
  通報 編集済
   八戸圓子哲雄様より『朔』177号の御恵贈にあづかりました。と同時に同日到着した小山正見様からの報知によって、今号巻頭に掲載の小山常子様(小山正孝夫人)の訃報に接し、愕然。はからずも絶筆となった「思い出 立原道造氏母堂光子様」は、周辺の回想を片々たるものでもよいから遺していただきたかったと思はずにはゐられない貴重な証言でした。亡くなられたのはすでに先月23日とのこと。御連絡いただいた翌々日の日曜には、横浜の感泣亭スペース(小山邸)で四季の詩人小山正孝をしのぶ感泣亭の会合が催されるといふことで、かねがね一度はお尋ねしたいと思ってゐたところ、故山川京子様の弔問とあはせて急遽、岐阜から日帰りで御挨拶に伺ったやうな次第です。

 午前中に伺った、短歌結社「桃の会」の歌会錬成会場でもあった荻窪山川京子邸は、これが東京の住宅地かと目を疑はんばかりの佇まひを持した、六十余年の年月を刻した純然たる日本家屋。姪御であられる赤木圭子様には、これまでこの家を訪ねてこられた保田與重郎ほか多くの文学者のことや、このたびの逝去に至る不思議な暗合エピソードのことなど、玄関入ってすぐの、夫君を祀る神棚の隣に新しく祭壇が設けられたつつましい居室において懇切にお話をしていただき、かたがた別棟の離れや菜園畑のある庭など御案内いただきました。ここにても篤く御礼を申し上げます。大変お世話になりました。ありがたうございました。

 その後に伺った横浜感泣亭スペースでは、春の別会プログラムとして雑誌「山の樹」にまつはる思ひ出話が、「青衣」創刊同人であり現詩壇の長老でもある先達詩人、比留間一成氏によってすでに語られてゐる最中でした。十名弱の聴講者に雑じり、午後の時間いっぱいを末席を汚して拝聴。その前に、正見様令閨邦子様には生田勉設計の邸内に招じ入れられ、ここでもお骨を前にして伺ったお話に、終にお会ひすることのなかったものの、先年の御著随筆『主人は留守、しかし・・・(2011年)』や、記憶に新しい拙著に賜った感想のお言葉から想像したとほりの、遺影の笑顔からにじみ出てくるやうなやさしさにとらはれては、さしぐみかけたことでした。

 山川京子様3月20日九十二歳、小山常子様3月23日九十三歳、ともにお最後まで、瞠目に値する意識の明澄をもって、夫君である詩人への「純愛」を貫かれた御生涯でございました。それは京子様のごとく守旧的であらうと、常子様のごとく開明的であらうと、抒情を志として守りとほした我が国の前時代女性においては変はりやうもない。その堅操を、はるか末世に生を享けた泡沫の男性詩人は深く銘記いたします。 合掌
 
 
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