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田中克己日記

 投稿者:やす  投稿日:2015年 6月11日(木)20時27分22秒
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   さきに報告しました、阿佐ヶ谷の御実家よりお借りした田中克己先生の膨大な日記帳ですが、翻刻を開始しました。

昭和4-11年 (『夜光雲』ノート) 9冊 翻刻済
昭和17年 スマトラ記 1冊
昭和18-19年 1冊
昭和20-29年 10冊
昭和30-39年 22冊
昭和40-49年 16冊
昭和50-59年 13冊
昭和60年-平成3年 10冊

 全部で82冊、段ボールひと箱の分量があります(「四季」より1冊多いのだ。笑)。走り書きされた筆跡の判読はたいへんですが、『夜光雲』ノート以来、再び先師の実録とむき合ふライフワークの時間が与へられたといふことであります。昨年から強いられて居る職場からの処遇(いづれお話する機会もありませう)も、ここは「天の差配」と考へ、じっくり向き合ってゆかうと思ってゐます。

 日記は、すでに翻刻公刊済の『夜光雲』については、画像をとりこみ公開する予定です(乞御指摘誤記)。日々の出来事が詳細に記録された戦後の日記については、文学外のプライバシーにも及んでをり、すべてをそのまま翻刻することは考へてをりません。

 しかし矚目のニュースとともに、文事に関はるものを拾ひ、列記してゆくだけでも、戦後関西詩壇および、日本浪曼派文化圏の交流証言として得難い資料となるには違ひなく、また詩人田中克己の東洋史学者としての面目が、詳細な読書記録を通じて私たち一般の人間にも明らかになるのではと期待してゐます。

 手始めにもっとも緊迫した記述を含む、昭和20年の日記を翻刻してみました。このあと出征期間をはさみ、敗戦を「戦犯」として迎へることになった詩人は、五人の家族を背負って(日記は家族の記録でもあります)、その後の日本の混乱期と復興期を、研究者として生計をたてつつ、青春を翻弄した詩の余香と心の平安を求めたキリスト教とにささへられて生きてゆくことになります。戦後70年を迎へる今年、激動の近現代史を生きぬいた市井の一知識人の視点・報告から、私たちが感じ取るべきものも少なくないのではないでせうか。更新は私生活が折れない程度にすすめて参ります。気長にお待ちください。

 借用に関はり御配慮を賜りました著作権継承者の美紀子様、そして御長女の依子様には、ここにてもあつく御礼を申し述べます。久しぶりに訪れた阿佐ヶ谷の、変はらぬ路地のたたずまひがあまりになつかしく、現在自らの境遇を省みては、初めて先生の門を敲いた当時のことを思ひ起こし、しばし感慨にふけってしまひました。ありがたうございました。
 
 
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