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奥田和子詩集『独り寝のとき』

 投稿者:やす  投稿日:2015年 9月13日(日)22時02分38秒
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  関西四季の会の同人雑誌『季』の奥田和子様より、これまでの作品をあつめた詩集『独り寝のとき』の御寄贈に与りました。巻末にしるされた「こざっぱりと 読んでいたら すり減って 消え失せた そんな一冊にしたい」といふ装幀にこめられた思ひにも人柄がにじむ、ささやかな新書サイズの詩集です。

  温度差

しじみの鍋を
覗き込んでいると

せからしいのがいて
「はいっ」と
はじけるように手を上げる

白信なげにじわっと
手を上げるのもいる

みなが上げるのを見計らって
キョロキョロ
押し切られて
半分上げたり下げたり
するものもいる


  酔い

怒っていたら
笑えてきた
笑っていたら
泣けてきた
電話が鳴って
すぐきれた

なんだか無駄に思える今宵
ありがとうに思える今宵


「温度差」、「あなた」、「ひとつ」、「酔い」、「まど・みちおの謎」、「間一髪」、「色紙」

これまで誌上で拝見してきた短かい数行の詩篇たちですが、かうしてまとまった形で拝見すると、杉山平一先生との御縁を大切にされ、また作品の上でも杉山スタイルを自家薬籠中のものにしてをられることがあらためて印象づけられ、詩人杉山平一直系の弟子筋にあることをはっきり感じさせる一冊に仕上がってゐます。短い詩はウィットが命ですが、理に落ちすぎない余韻のある詩句に立ち止まらさせられます。
とりわけ、杉山先生の追悼号に載った「色紙」は、詩集収録の際、見開きページに収めるためか末尾に繰り返される色紙本文が削られてしまひましたが(私なら末尾の方を残したかも。)、このやうな詩を捧げることができた幸せと、捧げられた詩人の冥加を思はずに居られません。

  色紙

ここに九十歳のお祝いにいただいた
手書きの色紙がある

  それでは
  友よふたたび
  運行をつづけよう
  健康で坦々として
             平一

裏に
平成十六年十二月
九十歳とある

九十七歳で『希望』
の詩集をだされ
不意打ちをくわし
すっと姿をくらまされた

いま耳元で先生の
笑い声が聞こえる
「まあこんなもんですな」
「愉快ですなあ」


『季』の誌上で私が抱いたゐた印象は、杉本深由起さんが才気の勝ったウィットで人目を惹くのに対して、おなじ杉山詩の気脈に通じながらも、奥田さんのそれには滋味に富んだオリジナルのユーモアといった得難い趣きがあること、殊にこの数年、「果たしてこんな詩を書く詩人だったらうか」と、失礼ながら認識を改めさせられることが何度もあって、一体どんな方か興味深く思ってもゐたところでした。

それが、『朔』の追悼号での回想文を読ませていただき、奥田さんがそもそも四十にして詩を志した、文学少女上がりの人物などではなかったこと、そしてこのたび初めていただいた詩集奥付にて初耳でしたが、永らく大学で栄養学の教鞭を執られた先生であったことを知りました。奥田さんの詩を外面的に特徴づける、食材やいまどきの後輩女性に注がれる視点に合点し、さらにそのオリジナリィティが発現したのも、青年期の麻疹ではない文学に対する研鑽(写生)を、杉山平一といふ人を逸らさぬ師の元で実直に積まれた成果が正直に出たまでであって、第一線から退かれて観照生活に入り、杉山先生が最後に見せた(詩集『希望』に向けた)輝きに呼応するやうに、寄り添ひ精進するところがあったからではないか、などと想像してみたことでした。

杉山先生の死生観を語った一文は、『季』の追悼号に寄せられたことさらタイムリーなものでしたが、また宗旨がカトリックである著者自身の関心に沿った切実な問題でもあること、詩編中の宗教的な題材を思ひ合せて理解しました。回想文のなかで田中克己を私淑詩人のひとりのうちに数へられたのは、カトリックだからといふよりは、やはり杉山先生が好まれたクラリティ(明確さ)への志向でもあったかと想像いたします。杉山詩の特質として明確さを挙げることには、私もまた異論ありませんが、いま少しく説明するなら、明晰な頭脳ゆゑの明晰さの限界の了知と、そこから望まれる未知領域への憧れとの間に揺曳する詩人であったやうにも思ってゐます。しかしながら決してあちら側へ踏み込んでゆくことはない。死生観にもそのやうな消息、「信じてゐる」に限りなく近い「信じたい」といふ祈りが感じられはしないでしょうか。

詩篇についても、皆さんから寄せられた感想や、生前杉山先生から頂いたお手紙に記された感想と照らし合はせて、果たしてどんな好みの一致や相違があるのか、いづれ『季』上にのぼせられる皆さんの詩集評をたのしみにするところです。

杉山先生不在のいま「気が抜けて」といふのは実感ですが、日々の日常生活から新しい発見と感動を、だれにもわかる言葉で定着すること、なほかつ短詩ならではの余韻の探求に期待いたします。新刊のお慶びかたがた御紹介まで。ここにても御礼を申し上げます。
ありがたうございました。

詩集『独り寝のとき』奥田和子著  ミヤオビパブリッシング (2015/8/25) 157ページ 907円

〔著者紹介〕

奥田和子(おくだかずこ)
1937年北九州市に生まれる。
甲南女子大学名誉教授。専門は食環境政策・デザイン、災害・危機管理と食。
2000年4月22日、力トリック芦屋教会で受洗。
40歳のときに詩誌『東京四季』の同人。その後、詩誌『季』の同人。
既刊詩集『小さな花』1992年『靴』1999年『クララ不動産』2004年・いづれも編集工房ノア刊。
 
 
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