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白取千夏雄『全身編集者』

 投稿者:中嶋康博  投稿日:2020年 8月26日(水)20時46分49秒
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  白取千夏雄 著 『全身編集者』 おおかみ書房2017年刊

 今回はマンガが話題なので現代仮名遣いで書きます。
 いまやマンガ界では伝説となっている月刊漫画雑誌『ガロ』。その終焉に至るいきさつをめぐり、当時編集に携わった白取千夏雄氏が書きのこした「遺書」ともいうべき『全身編集者』を読了。一気に読み終えました。本屋に出回らない本ですが注文してよかった。★★★★★五つ星です。

 わが記憶には今だ新しい1997年に起きた『ガロ』編集部の分裂事件。それをクーデターと呼んだらよいのか、刊行元の青林堂から、青林工藝社なる別会社が袂を分かち『ガロ』さながらの出版活動が始められたのは、当時話題にもなったニュースの情報から、その後「政治的」に舵を切った現経営陣との確執が原因だと思っていたのですが、それがそんな単純な話ではなかったという事実。初耳でした。

 そしてもうひとつ。80年代の昔、地方の大学生だった私も購読していた『ガロ』誌上で、現代詩作家のような清新な雰囲気で再デビューを果たしたマンガ家、やまだ紫が著者白取氏の奥さんだったこと。ファンにはおなじみの事実なのでしょうが、当時いくぶん反発も感じていた彼女の作風の裏に、実は前夫のDVが深く横たわっていたなど、全く思いもよりませんでした。

 後半には17歳年上となる、その妻への思いが綴られます。2005年、白取氏は自身に発覚した白血病により余命を宣告されるのですが、彼の入院を待つことなく2009年、妻であるやまだ紫が、脳溢血により先に斃れてしまいます。人気ブログだった当時のネット文章も引用されつつ、「お互いの苦痛を自分の苦痛と考え、まるでDNAのらせん構造のように絡み合って生きてきた(129p)」、という二人の、『ガロ』編集から退いた後にようやく許された、しかしさほど長くもない「余生」の交歓が切々と描かれます。

 ところが物語はそれで終わらない。
 彼女に対する万感の念ひをもって締めくくられると思いきや、この、本屋には並ぶことのない「遺書」が制作されるに至ったその後の経緯が、読者を放さず簡単にはセンチメンタルにしてくれない。すなわち1965年生まれ享年51で逝った著者本人と、彼から編集技術を直伝されたお弟子さん(本書の編集兼発行者:千葉啓司氏)との交流を描いた、いみじきラストスパートの二章に、どっと涙をもってゆかれました。『ガロ』休刊の原因を作った「3当事者」のうちの一方の視点、山中潤氏によるあとがきも、そうして決して蛇足ではない。

 この一冊、日本のマンガ史を語る上での微妙な時代を語る「新しい古典」として、いずれ大きな出版社から文庫版になって広く読まれることになると思います。

 トキワ荘の物語や朝ドラ「ゲゲゲの女房」が象徴するような、いわゆる高度経済成長期の大御所マンガ家の苦労話が詰まった60年代、そして迎えた70年代の漫画週刊誌の黄金期――。『ガロ』は御存知のように、そんな商業出版誌の表舞台とは関係がありませんでしたし、この本の舞台となったのは、さらにその後に続いた、バブルの80年代、マルチメディアの90年代という、サブカルチャーがどんどん尖っていった時代のことであり、紙媒体として草創期から生きながらえた『ガロ』の存在理由が、どのように経営上で模索されて行ったのか、舞台の内側から語られている点で特筆に値します。表現の実際は、エグ味の強い当時の作品群に直接あたって読んでもらえばいいでしょう。

 この本には「作家を単なる商品として見ない」ことを、伝説の編集長である長井勝一氏からモットーに学んだ、生き証人にあっては最年少だった著者白取氏が、ある意味、先見の明がありすぎて、長井氏が興した伝説の出版社「青林堂」の引き継ぎに失敗し、伝説の冊子体『ガロ』を手放し、そこから育った尊敬する作家であり最愛の妻であるやまだ紫を、時を経ず看取ることとなった、まことにほろ苦い悔恨の記録が、本人目線からの嘘の無い遺書としてしたためられております。

 かくいう私も、むかしマンガ家にあこがれ、(詩を書き始める前の話ですが)落書きを描きまくっていた時期があって、何を血迷ったか青林堂に直接原稿を持ち込んだことがあります。1985年頃だったでしょうか、当時の神田神保町、一階が倉庫様の建物の端から階段を上って二階のドアをノックして入ってゆくと、部屋の真ん中には大きなテーブルが据えてあり、編集長である長井勝一さんと、奥にもう一人、若い男性が座っていましたっけ。小柄で温厚そうな長井さんは原稿を一覧し、かすれ声で「こういう、ムードマンガを描きたいならもっと絵を練習しないと。」それから絵柄を見ながらなぐさめるように「描いたらうまくなるよ。」と仰言って下さいました。
 しかしながらお会いしたのはそのとき限り。上京して一年後の自分の中では白取氏と同様、マンガ家には半ば見切りをつけ、その頃からもう詩ばかり読んでいましたから、却って引導を渡されたと踏ん切りがついたような気持ちになりました。
 翌年、今度は書き始めた詩を田中克己先生のもとに送りつけることになるのですが、本書には、その頃の青林堂のことからが書き起こされていて、恥ずかしいやら懐かしいやら。当時のことがあれやこれやと思い出されてきましたが、あの若い人が、あるいは白取氏だったか、それとも別の方だったかと、トランクにしまい込んであるケント紙に描きなぐった落書きを引っ張り出してきては、蛇足ながら回想中です。

白取千夏雄『全身編集者』おおかみ書房,2017年刊行。177p, 21cm

現在3版、購入は「まんだらけ」による委託通販のみか。1500円+税+〒=1,870円
 
 
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