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『感泣亭秋報』15号 特集『未刊ソネット集』を読む

 投稿者:中嶋康博  投稿日:2020年12月12日(土)21時06分13秒
  通報 編集済
   詩人小山正孝およびその周辺人脈を顕彰する目的で、毎年刊行されている『感泣亭秋報』も今年で15号。
 後記にて編集・発行者である御子息の小山正見氏の語るところ、

「今号をもって感泣亭秋報の元々の使命は果たしたと思う。いつ終刊しても悔いはない。」

とございました。しかしながら、今号も充実した内容をもって過去ページ数を更新(227p)。結局、

「こうなると、面白くて簡単にやめられない気もする。今後の編集は、風の吹くまま気の向くままということになりそうだが、それはそれでいいのではないかとも思う。」


 私も同感申し上げる次第です。


 そして一通り既刊詩集を特輯してきた本誌ですが、このたび俎上に上がったのが、没後刊行された『未刊ソネット集』です。

 各詩篇にタイトルもなく、発表されないまま篋底に蔵(しま)はれてゐた草稿を集めて一冊にしたものであるとはいふものの、これの編集に当った故坂口昌明先生が「編者識」において、

「私は(※その後に出た第二詩集の)『逃げ水』よりも愛すべき作品に、初めて何度となくお目にかかったという感慨で、長嘆息したものである。(『未刊ソネット集』436p)」


と喝破された通り、「またと還らない青春の記念碑として、明晳な意識のもとに書かれた(『未刊ソネット集』436p)」作品群です。

 常子夫人に対するあからさまな愛のメッセージでもあるため発表が憚られたのでは、との臆測もなされてゐますが、第一詩集の『雪つぶて』と第二詩集『逃げ水』の間に介在する「ミッシングリンク」の意味合ひが濃いことを、いづれの評者も指摘してをられます。

 かつ坂口先生が仰言ったやうに、愛の諸相に迷ひ込んでゆく、その後に書かれた第二・第三詩集よりも清純な作品が並んでをり、小山正孝を謂はば「四季派の詩人」としてのみ語らうとする際には、もし彼が『雪つぶて』を刊行したきりで夭折してゐたら、この内容といふのは、正に立原道造における『優しき歌』になぞらふべき意味を持った筈なのであります。

 書き継がれたこれら抒情の純粋化を志向する作品群が、当時のまま「手付かずの状態」でみつかったことは、その後あたらしい歩みを始めた彼、「日本の敗戦を境にした《四季》的情の崩壊を体現するかのように傷だらけで生き抜いたすえ、独自の詩境に到達した(『未刊ソネット集』401p)」彼個人にとってはスキャンダルであったかもしれませんが、四季派の詩情が戦後たどった命運を、詳細に跡付けてゆく作業の上では、たいへん重要な発見だと私は思ってをります。

 作品はみつかったノートごとに整理されてをり、処女地の雪原を思はせる余白の白い一冊から、みなさん思ひ思ひの佳篇を選んでゐますが、やはり坂口先生が「若かりし日の小山氏の本領ここにあり(『未刊ソネット集』443p)」と仰言ったやうに「Iノート」の諸篇の完成度が高い。

 今回執筆の『詩と思想』編集委員の青木由弥子氏(※11月号特輯「四季派の遺伝子」は未読ですが、まさに気鋭の論客かと)が、何でも自由になり過ぎた戦後現代詩の在り得べき姿、その手綱のとり方として、加藤周一が小山正孝の第三詩集『愛し合ふ男女』に贈った言葉を引き、「一巻の詩集を、一つの主題を語る一箇の作品として、つくる」ことによる可能性を語ってゐますが、この「Iノート」に収められた12篇についてもそれが証せられないか、やはりこのノートに着目した渡邊啓史氏の丁寧な論考が、今号の秋報においても光彩を放ってをります。

 私の好きな詩を4つほど上げます。


小雨が ひたひをぬらしてゐる
私は それをぬぐふ元気もない
しづくは 眉のあたりを 横に流れ
走る都内電車の窓のあたりもぬらしてゐる

お前も どこかの街を歩いてゐるのではないか
立ち止つて 飾り窓を のぞきこんでゐるのかもしれない
水たまりの中も 雨はぬらしてゐる
走る自動車の屋根は少し白く光つてすぎる

心のやり場に困つてしまつて
私はお前をうらんでゐる
西の空が明るくなり 雲が走りはじめた

お前のレインコートの雨のしづくが
一筋ひいて 落ちるやうに 私の手の中に
お前の心が 落ちこまないだらうか           100pノートDより



置き去りに されたやうな
氣持で すごした 午後
私はゆつくりと街を歩いた
商品を一つ一つ見て歩いた

お前に 何を送らうと思ひながら
腕輪 時計 首飾り…
眞珠は 圓みを帯びて
色々ににぶく光つてるた

廣い 野原に立つてゐる 一本の木
お前と いつしよに休んだ
その下の 石のベンチ

思ひ出の中のお前の姿勢をめぐつて やがて
不思議なことに 私は さうしたお前に
いろいろ値段などつけてみたりしはじめてゐた        108p ノートDより



窓から雪のふるのを見てゐると木の枝の上にとまるときに
ためらふやうにして枝にすひよせられて行く
カーテンをそつとしめながら 私は お前を抱きよせる
ガラス窓の向ふ側は寒い風が吹きはじめたにちがひない

お前も雪のつぶが枝にとまるところを見てゐたのか
ふりかへりながら美しい目で私に笑ひかけた
人生があのやうにしづかにすぎるならばと言つてゐるやうに
お前のからだの重みが私の兩腕に急にかかつて来た

檜の木の葉末からよろこびの叫びをあげて
キラキラ輝く朝日の光の中でとけて歌ふ歌はどんなだらうか
水たまりに落ちるあの雪の亡びの歌はどんなだらうか

お前に やさしく 出来るかぎりやさしく 私は心がける
私たちのすごしてきた生活のあひだに お前が
雪のやうに 重く 大切に はかなく 感じられてならないので       298pノートIより



お前に花束をさし出しながら言つてやれ
別れだよ これが 私の愛の最後の別れだよ
小さい蜂が花束から飛び出すだらう
ガラス窓の上に一寸とまるだらう

お前はびつくりして私の顔を見るだらう
さうね お別れしませう あなたを自由にしてあげませう
小さいゑくぼが出来るだらう
ほほの上を一すぢの涙が流れるだらう

あたたかいお前の指と私のつめたい指とが
花束の根もとの所でふれあふだらう
それでも 花束の重みはお前の腕に移るだらう

私は知つてゐる やはりはつきりと別れることが
涙を涙として流させること
美しい花を花として咲かせることだといふことを             312pノートIより



 特集の二つ目は現今の立原道造をめぐる環境について。

 前号では旧立原道造記念館の運営姿勢に筆誅を下した渡邊俊夫氏の一文が圧巻でしたが、今号も鈴木智子氏から「立原道造の会」について、これまでの経緯と向後の方針とについて説明がなされてゐます。
 また立原道造をめぐる「研究」環境については、蓜島亘氏が、昨今顕著な新世代研究者の動向について、論文数のみを偏重する文教行政の現状に苦言を呈し、さらに筑摩書房版の新修『立原道造全集(2006-2010)』が、「立原個人の嗜好含め、日本の詩の流れ、立原の時代の文学・文化の周辺事情の理解に乏しい」編集委員によって監修されたことにさかのぼって疑義を突きつけてをります。
 研究者個人に対する批判も名指しで、

「当時の文章を鏤めることで、立原をその時代の中に浸らせて、あたかも立原が彼らの意見を自分の意見としていたかのように論を展開している。必然性や論拠が示されず、(中略) そこに立原ではなく、中原中也がいてもいいし、他の一詩人がいてもいいのではないか。」87p

 等々、各所で辛辣を極めてゐますが、もっともつまるところは、

「詩や小説は、そもそも研究を必要とする対象ではなく、娯しむ対象であり、一人一人の読者がそれぞれの読み方をすればいいものではないかと思われる。」90p


 といふことであって、もしそれ以上の研究を学術的に試みるとするならば、戦前の日本を肌で知ることのない後世の研究者はもっと謙虚に資料に当るべきであり、そして国際基準に則ったルールを守って、文科省の指導に阿って本数に拘った浅薄な「研究」論文は書かないで頂きたい、さういふことなのだと思ひます。

 前号の渡辺氏、そして今回の蓜島氏と、斯様な文章が載せられるところにも、口当たりの良いリベラルな批評がならぶ文芸誌とは一線を画した、この雑誌ならではの個性が存するやうに思ふのは、また私も癖の強い詩の愛好者だからなのかもしれません。

 他には『雪つぶて』所載の詩篇「初秋」の解説を、鋭い読解力によって試みた鈴木正樹氏の一文「私の好きな小山正孝:過ぎ去っていく青春」。そして映画評論家「Q」のペンネームで名を馳せた津村秀夫を追悼して、愛娘の髙畠弥生氏が書かれた長文の回顧譚を興味深く拝読しました。女優杉村春子の恋人だったことを知らなかった私は、弟である津村信夫の追悼文集にどうして彼女の名があるのか初めて合点がいったやうなうっかり者です。

 この場にても寄贈のお礼申し上げます。ありがたうございました。



年刊『感泣亭秋報』15号 (2020年11月13日発行) A5版227p 定価1,000円 (送料とも) 発行:小山正見 oyamamasami@gmail.com

  目次

詩 林檎に          小山正孝 4

  特集Ⅰ 『未刊ソネット集』を読む

愛は静謐である──『未刊ソネット集』を読む          永島靖子 6
十四行詩をやめたまへ          山本 掌 10
愛憎の迷路──十二の愛の十四行詩のために          渡邊啓史 15
『逃げ水』から『愛しあふ男女』へ          青木由弥子 41
小山正孝は日本最大のソネット詩人である          小笠原 眞 46
『未刊ソネット集』と思い出すこと          宮田直哉 50
愛の詩人が視た風景          服部 剛 55

新出資料 十一冊目の「ノート」について          渡邊啓史 60

  特集Ⅱ 立原道造をつなぐ

立原道造を偲ぶ会の思い出          秋山千代子 64
立原道造を偲ぶ会の思い出──ヒヤシンスセミナーのこと          後呂純英 67
立原道造の会の歩みとこれから          鈴木智子 70
立原道造研究序論          蓜島 亘 75
東アジアの抒情詩人──立原道造と尹東柱          益子 昇 94

  回想の畠中哲夫
真実を求め続けた人、畠中哲夫さん          萩原康吉 101
三好達治と萩原葉子さん、そして父のこと          畠中晶子 106

  同想の津村秀夫
わが愛するQ、父津村秀夫          高畠弥生 108

  追悼 比留間一成
比留間一成アンソロジーを読んで          岩渕真智子 136
一条紫烟秋容満千里 または時人の矜恃          渡邊啓史 141

詩          大坂宏子・里中智沙・中原むいは・松木文子・柯撰以 174-185

 《私の好きな小山正孝》 過ぎ去っていく青春          鈴木正樹 186

  感泣亭通信
ファミリー・ヒストリー          若杉美智子 189
山崎剛太郎さんを撮る          堀田泰寛 191
マチネ・ポエティクとソワレ・ポエティク          深澤茂樹 196

実験小説「面影橋有情」          田浦淳子(渡邊俊夫)  199

信濃追分便り3初夏          布川 鴇 214
常子抄          絲 りつ 215
坂口昌明の足跡を辿りて5          坂口杜実 217
鑑賞旅行覚書5蛇          武田ミモザ 220
《十三月感泣集》2他生の欠片          柯撰以 221

感泣亭アーカイヴズ便り          小山正見 223

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