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棟方志功記念館

 投稿者:中嶋康博  投稿日:2021年11月19日(金)21時11分49秒
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   東京の自宅改築を機に拠点を一時富山県南砺市福光に移された石井頼子氏(棟方志功令孫)を、コロナ禍が収まりをみせた一日、車を飛ばして岐阜から一路北上。御挨拶にお訪ねしました。

 南砺市福光は志功の疎開先といふのみならず、“世界のムナカタ”に雄飛する直前の七年間をすごした、謂はば“蛹の時期”を過ごした土地です。故郷青森でなく血縁のない富山に家族で引き移り、戦争が終はっても東京に帰らなかったのは、ひとへに画伯の藝術に心酔し、その人となりを慕った地元支援者の高誼ゆゑといっていいでしょう。
 市では棟方志功本人のみならず、支援を惜しまなかった草莽の支持者との交流をふくめ、紹介と顕彰とに努めている様子が、小さいながらも誇り高い越中の町らしく、他所の棟方記念館との違ひとなって現れてゐるやうに感じられました。

 頼子氏は、祖父が世話になった頃と人情そのままの福光から、呼ばれるままに、旧家跡に建つ記念館の隣家に引越して、近くの青少年センターの一画でお手伝ひ二人とともに、自宅に遺された150箱もの資料を東京から運び込み、その整理を、すなはちパソコンによるデータベース化に取り組んでをられました。
 突然の推参にも拘らず懇切な対応にあづかり恐縮のいたり、御多忙中の作業を中断させて長々と話し込んでは反省もしきり。せっかく用意された御自身の弁当をよそにして近くの食堂に伴はれ、おでんを食べながら更に続けられたお話の数々は、予期せぬ発見に満ち楽しい記憶しか残ってをりません。

 予期せぬ発見――実は詩人一戸謙三(一戸玲太郎)の詩歴に関する原稿を書きあぐんでゐた先月、令孫の晃氏から資料(個人誌『玲』のバックナンバー)を送られ、そこに「イヴァン・ゴルに倣って」といふ昭和3年の詩が抄されてをり、イメージチェンジを模索してゐた当時の作品を発見した(!)と喜んでゐたのですが、この日、頼子氏がいみじくもその戦前青森の稀覯同人誌『星座図』の現物を、それも件(くだん)のその一冊のみを、

「先日もこんな薄っぺらい雑誌が箱の中から見つかって、びっくりしたんですよ。」

と、ロッカーから出してこられた時には息を呑み、何かのお導きかと思ひました。
 棟方志功にとっても資料の乏しいこの頃の挿画イラストについて、こちらからも折に触れ照会・連絡さしあげると約してセンターを後にしたのでした。

 そののち見学した、移築保存されてゐる旧居(鯉雨画斎)では、トイレや押入れいっぱいに描かれた絵に驚き、枕屏風に寄書された著名人の間に牧野徑太郎(山川弘至の盟友詩人)の名を見つけて喜び、さらに光徳寺に立ち寄り 南砺市立福光美術館の作品群を拝観して帰還しました。
 毎年すばらしいカレンダーをお送り頂いてゐる御礼だけでもと、残り少なくなった晩秋の晴れ間を見計らひ、ドライブがてらに思ひ立った北陸訪問でしたが、まことに思ひ出深い一日となりました。

 段ボール150箱のデータベース化を、講演ほか各種活動をこなしながら再来年2023年4月までにまとめたいとのことでした。お手伝ひと三人で着々とお仕事を進められてゐる現場を覗くことができたのも貴重でしたが、(資料庫、および御一緒に撮って頂いた写真をアップします)、すでに身近な「よりこ様」として、私にも現在翻刻中の「田中克己日記」につき逐次思ひ出を伺ってゐる先師御長女の諏訪依子さんがみえ、ここにもうおひと方「よりこ様」の知遇を得て大変不思議な、有り難い気持ちにもなったことです。

 重ねてお礼を申し上げますと共に、ご健勝ご活躍をお祈り申し上げます。ありがたうございました。

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